<第50号>沖縄は、これ以上犠牲になってはならない
在沖米海兵隊員が、沖縄の女性を殺害した疑いで逮捕された事件は、断じて許すことはできない。
亡くなられた女性の無念、ご家族や大切な人たちの悲しみを思うと、言葉を失う。
そして私たちは、この事件を単に「一人の米兵が起こしたとされる犯罪」として終わらせてはならない。
沖縄ではこれまで、米軍人・軍属らによる強盗、殺人、性暴力、傷害、飲酒運転、ひき逃げなど、数多くの事件・事故が繰り返されてきました。
そのたびに米軍は「綱紀粛正」「再発防止」「教育の徹底」と言いつづけてきましたが、それでも事件は繰り返されているのが現実です。
なぜ、これほど長い年月にわたり、同じ沖縄で米軍関係者による重大な事件・事故が繰り返されてきたのか、なぜ沖縄県民がその危険と負担を背負い続けなければならないのか、その構造そのものを問わなければ、事件をなくすことはできません。
沖縄は、先の大戦で、県民を巻き込んだ凄惨な地上戦を経験しましたが、戦後、日本本土から切り離され、27年間にわたって米国の統治下に置かれた歴史があります。
米軍統治下の中で広大な土地が接収され、「銃剣とブルドーザー」と呼ばれる強制的な土地接収も行われ、米軍基地が拡大していきました。
1972年に日本へ復帰した後も、全国の在日米軍基地の7割が沖縄に集中するという基地負担は沖縄に重くのしかかり続けているのです。
そして、その基地の存在と隣り合わせに、県民の日常生活があります。
1995年には、3人の米兵による少女暴行事件が起き、2016年には、元海兵隊員で米軍属の男によって20歳の女性が殺害され、遺体を遺棄されるという凄惨な事件も起きました。
事件が起きるたびに「遺憾だ」「再発防止に努める」「綱紀粛正を徹底する」と繰り返しながら、その責任者は何の責任も取らず、同じ体制が維持されている中で、沖縄では重大な事件・事故が繰り返されています。
今回の事件を受け、古謝知事は米軍に抗議し、綱紀粛正や再発防止の徹底を求めました。
しかし、事件が起きるたびに抗議し、再発防止を求め、政府や米軍に要請するという対応の枠組みは、これまでと変わっていません。
玉城デニー前知事の時代にも、米軍関係者による事件・事故が起きるたびに、同じように抗議と要請が繰り返されてきましが、事件をなくすことはできませんでした。
私は、古謝知事がこれまでと同じ対応を繰り返すだけでは、この状況を変えることはできないと考えます。
知事が代わったのであれば、対応も変えなければならない。
抗議し、「再発防止を求めた」で終わるのではなく、これまでとは違う具体的な行動を起こすべきです。
沖縄県警によれば、2025年の米軍関係者による刑法犯の摘発は101件に上り、22年ぶりに100件を超えました。
ここまで事件が繰り返されている以上、もはや事件を起こした個人だけの問題として終わらせることはできません。
犯罪そのものの刑事責任は、当然、犯罪を行った本人が負うべきです。
しかし、組織として何度も再発防止を約束しながら重大な事件・事故を防ぐことができなかったのであれば、その組織を指揮・監督する立場にある者の責任も問われなければなりません。
だからこそ私は、私の拙著「V字回復で最強の沖縄へ」で書いた通り、在沖米軍のトップである四軍調整官を更迭し、組織のトップに明確な形で責任を取らせるべきだと考えます。
これは、一人の指揮官にすべての犯罪責任を負わせるという意味ではありません。
問うているのは、刑事責任ではなく、組織的・政治的・道義的な責任です。
トップが責任を取らない組織に、本当の意味での危機感は生まれません。
そして日本政府も、米軍側に「再発防止を申し入れた」というだけで責任を果たしたことにしてはいけません。
沖縄に基地負担を集中させてきた日本政府の責任も問われているのです。
日米安全保障条約は「日本を守るため」と説明され、そのために在日米軍が駐留していますが、「日本を守る」という安全保障の名の下で、その基地が集中する沖縄の人々の生命や尊厳、安全な暮らしが脅かされるのであれば、その矛盾を直視すべきです。
沖縄県民の命も、女性の尊厳も、日本の安全保障のために差し出すものではない。
また、日米地位協定の問題も避けて通ることはできません。
これは反米か親米かという単純な話ではなく、日米同盟に賛成か反対かだけの話でもありません。
一人ひとりの人間の生命と人権が等しく守られる社会なのか、という問題なのです。
他府県では遠くの安全保障問題として語られる米軍基地が、沖縄ではフェンスの向こう側にある日常であり、頭上を飛ぶ軍用機であり、騒音であり、事故への不安であり、そして時として、県民の生命や尊厳を奪う事件として現れます。
だからこそ、「一部の悪い兵士が起こした事件」と片付けてはいけません。
日米地位協定を含む制度そのものを検証しなければならないのです。
沖縄は、これ以上犠牲になってはならない。
「日本の安全保障のためだから仕方がない」という言葉で、沖縄だけに過重な負担を押しつけ続けることも許されない。
沖縄が戦後80年以上にわたって背負わされてきた歴史と、現在まで続く基地負担、そして日本という国が沖縄の生命と人権をどう扱うのか。
責任を取るべき者が責任を取らないまま、「再発防止」という言葉だけを繰り返す時代は、もう終わりにしなければならない。
沖縄の犠牲の上に成り立つ「安全保障」であってはならないのです。
株式会社 沖縄ファースト政策研究所
所長 下地 幹郎


