<第31号>沖縄から始まる「挑戦の国」への転換
トヨタ自動車の豊田章男会長は、10日付の琉球新報インタビューで次のように語っています。
「日本では挑戦する人が応援されないことが多い。だから停滞を生む。企業が挑戦して失敗したからといってすぐに批判せず、応援してこの国をもっと良くした方がいい。僕みたいにたたかれても続けるような人を絶滅危惧種にしてはダメだと思う」
また、竹中平蔵先生は、13日の「V字回復で最強の沖縄へ(下地幹郎著)」の出版祝賀会の基調講演で、次のように述べられました。
「改革だけを継続せよ。変化の激しい時代においては、現状維持は後退である。企業を守るためには変わり続けなければならない」
この二人の言葉に共通しているのは、「挑戦」と「変化の継続」という企業家精神の本質です。
このマインドがなければ、新しい価値は生まれず、企業が成長し続けることはないのです。
私は、日本経済がいわゆる「失われた30年」と呼ばれる停滞に陥った大きな要因の一つは、「企業家の挑戦不足」にあると考えています。
第一に、リスクを取らない文化です。
失敗を過度に恐れるあまり、新しいビジネスや技術への挑戦が抑制されています。
第二に、既存モデルへの固執です。
過去の成功体験に依存し続けることで、変化や改革が遅れてしまいます。
第三に、人材と資金が本来向かうべき挑戦領域に流れにくい構造です。
本来であればスタートアップや新産業に向かうべきリソースが、安定志向の中で既存の大企業に集中しています。
こうした環境を変えるためには、企業家の努力だけに任せるのではなく、政治の力によって挑戦を後押しする仕組みを整える必要があります。
補助金に依存するのではなく、新たに起業すること自体が高く評価される社会へと転換すべきです。
そして、たとえ一度失敗しても何度でも挑戦できる仕組みを整えることが不可欠なのです。
そのためには、破産法の見直しも重要で、挑戦した結果の失敗によってすべてを失うような制度ではなく、再挑戦を可能にする制度へと変えていく必要があります。
破産を経験しても、次の挑戦で世界を変える企業が生まれるそのようなダイナミズムこそが、この国には求められています。
この問題は、沖縄にも強く当てはまります。
沖縄が復帰から半世紀以上を経てもなお、企業の成長が限定的であり、貧困の問題が続いている背景には何があるのかを、私たちは真剣に考えなければなりません。
沖縄が成長しにくい最大の要因の一つは、国からの支援や公共投資に依存する構造が長年続いてきたことです。
これらの支援はインフラ整備や生活の安定に大きく貢献してきましたが、その一方で、地域自らが新しい産業を育て、リスクを取って挑戦する力を弱めてしまった側面があります。
その結果、外部資金に頼る体質が固定化し、自立的な経済成長の力が十分に育たないまま、変化への対応が遅れてしまっています。
これからの沖縄に必要なのは、支援に依存するのではなく、自ら価値を生み出し、変化と改革を続ける力そのものです。
日本経済と沖縄経済、実は同じ構造的課題を抱えていると思います。
日本は「挑戦しない文化」によって停滞し、沖縄は「依存体質から抜け出せず」に停滞する。
形は違えど、本質は「自ら変わろうとする力の不足」なのです。
さらに視点を広げれば、安全保障の構造においても同様の構図が見えてきます。
「アメリカなしには安全保障を考えられない日本」と、「過重な安全保障の負担を担いながらも声を上げきれない沖縄」というように、経済も安全保障も、依存と受動の構造の中にあるという点では共通しています。
私が強く訴えてきた「沖縄が変われば、日本が変わる」という言葉の通り、沖縄は日本の縮図であり、最前線です。
沖縄が「挑戦を称える文化をつくり、依存から脱却する」ことが、自立的な経済を築くことになり、日本全体の未来モデルになるのです
沖縄ファーストとは、単なる地域優先の考えではありません。
沖縄から、「新しい価値観・挑戦を称え」、「失敗を許容し」、「変化を恐れない社会」を創造していくのです。
そうすれば、その沖縄の変化は、必ず日本全体へと波及していきます。
「沖縄が変われば、日本が変わる」
沖縄から真の改革が始まるのです。
株式会社 沖縄ファースト政策研究所
所長 下地 幹郎


