<第27号>もう終わらせなければならない-辺野古問題の次の段階-

昨日、米軍普天間基地の移設先とされている名護市辺野古の工事現場海上において、尊い二人の命が失われるという痛ましい事故が起きました。

誠に痛ましく、残念でなりません。

ご家族をはじめ関係者の皆様に、心から哀悼の誠を捧げます。

今日のメルマガは、予定していた内容を変更して、普天間基地の辺野古移設問題について書くことにします。

あってはならない今回の事故を受け、沖縄県民が改めて心に刻まなければならないことがあります。

普天間基地の辺野古移設問題は、30年にわたって政治的対立を生み、今なお、県内世論を二分する激しい議論が続いていること。

私たちはまず、この現実を直視しなければなりません。

また、辺野古移設問題の「賛成」「反対」いずれの立場であっても、この悲劇を政治的に利用してはなりません。

この前提に立ち、二度とこのような出来事が起こらないようにするために何が必要なのか、そのことを冷静に模索していくべきです。

同志社大学の学生が沖縄問題を意識し、平和学習として本格的に取り組むようになったのは、主に1960年代後半から1970年代にかけてのことです。

これは、日本社会全体で沖縄問題を真剣に議論すべきだという機運が高まった時期と重なります。

1960年代後半には沖縄返還運動が盛んになり、大学生の間でも沖縄問題への関心が急速に高まりました。

1965年の佐藤栄作首相による沖縄返還への言及、1969年の日米共同声明を経た返還交渉の本格化、そして1972年5月15日の沖縄の日本復帰へとつながる歴史の流れの中で、同志社大学でも沖縄問題を学ぶ活動が行われてきたのです。

同志社は建学の精神として「良心教育」を掲げ、教育理念として「キリスト教主義」「自由主義」「国際主義」を重視しています。

その理念のもと、学生や研究者の間で戦争や基地問題をテーマとした研究や学習が比較的早い段階から行われ、戦争や基地問題、沖縄問題に関心を持つ学びや研究の蓄積が重ねられてきました。

また、本当に残念な事に今回の事故に巻き込まれた同志社国際高校は、1980年開校当初から沖縄研修旅行を実施し、沖縄を「観光ではなく平和学習中心の研修」と明確に位置づけた平和学習を行ってきました。

1980年代から1990年代に制度化され、現在まで継続している長い伝統的プログラムです。

そして、「事前・現地・事後」という三段階で体系的に学ぶことが大きな特徴です。

出発前の事前学習では、かなりの時間をかけて戦争や沖縄について調査し、映像や講演で、入学時から継続して準備し、沖縄での現地学習では、高校2年生で沖縄を訪れ、戦跡や資料館を訪問したり、住民の証言を聞いて沖縄戦を追体験したり、基地問題など現代的課題を考え、帰ってからの事後学習では、沖縄で学んだことを整理し、意見交換やレポート発表会を開催するとのことです。

この3つの段階を行うことで、平和学習に日常的に取り組み、沖縄でより掘り下げる中の一部として、辺野古の工事現場を見学するプログラムが近年行われていました。

今回、同志社国際高校の研修旅行は3月14日~17日の3泊4日で、2年生約270人が沖縄を訪問していました。

3日目の16日は、7つのコースに分かれて各地を見学することになっていたといい、「辺野古をボートに乗り海から見るコース」を選択した37人が名護市辺野古を訪れ、そのうち18人が2隻に乗船していたのです。

同志社大学は1960年から、同志社国際高校は1980年の開校当初から、沖縄での平和学習を続けており、報道によれば、名護市辺野古の工事現場の見学は20年ほど前から続けられているということで、これまでも時間をかけて、沖縄の平和学習を行ってきた事実があります。

決して、普天間基地の辺野古移設問題だけを課題にしてきた訳ではないということは、十分に理解をしていかなければいけないと思います。

つまり、今回の事故の背景を、単純に「反対運動の一環」と結論付けることは適切ではありません。

同校が長年続けてきた沖縄問題への学びの延長線上にあった行動であるという側面も、冷静に理解する必要があります。

同時に、今回の事故については安全管理の観点から検証されるべき点もあります。

波浪注意報が発令されていた状況の中で、なぜ船が出航したのか。

海のプロである海上保安庁の船でさえ転覆するほどの海況であった事実を考えれば、辺野古の海が相当に荒れていたことは容易に想像できます。

二隻の船の運航にあたり、安全運航のための基本的なマニュアルが守られていたのかどうかは、当然ながら検証されなければならないでしょう。

また、平和丸や不屈といった船は、辺野古移設反対運動の海上活動で使用されてきた船として報じられています。

そのような船に学生を乗船させることが、沖縄問題を学ぶ平和学習として適切であったのかどうかについては、学校側としても改めて検討すべき課題があるのではないでしょうか。

私は、普天間基地の辺野古移設問題はいま、新たな段階に入っていると考えています。

政府が進めている現行計画(V字案)は、軟弱地盤という現実を踏まえると、その合理性が問われている状況にあります。

一方で、反対勢力は長年にわたり「一ミリたりとも埋め立てさせない」と主張してきましたが、実際には埋め立て工事が進んでいるという現実があります。

こうした状況を踏まえれば、単なる対立の継続ではなく、現実を見据えた議論へと移行する必要があるのではないでしょうか。

軟弱地盤の問題、埋め立てが進んでいる現実。

こうした事実を直視し、沖縄を二分してきた長い対立を終わらせるための道を探ることこそ、いま求められているのではないかと思います。

辺野古移設問題は、あまりにも長く続いてきました。

その長い対立の中で、今回のような痛ましい事故が起きてしまったとも言えるでしょう。

だからこそ、もう終わらせなければならない。

そのためには、感情的対立ではなく、現実に立脚した冷静な議論と判断が必要です。

沖縄の未来のために、現実的な路線で物事を決めていくことが、私たちに求められていることではないでしょうか。

※次回は、沖縄県が受けてきた見過ごせない不条理である「防衛費と所得税」について考えます。

株式会社 沖縄ファースト政策研究所
所長    下地 幹郎