<第32号>武器を売らない国、日本の選択

沖縄は観光立県であり、観光は平和産業です。

戦争の影が差した瞬間に、その基盤は崩れてしまいます。

だからこそ、政治戦略は「戦争を前提」にしてはならないのです。

自らの国は自らで守る。

私たちは専守防衛という考え方のもとに、「攻撃されない日本」「攻撃しようとする国をあきらめさせる日本」を貫いていかなければなりません。

しかし今、高市内閣は、安全保障政策の舵を大きく右へ切ろうとしています。

高市内閣は、防衛装備品の輸出ルールを定めた「防衛装備移転三原則」の運用指針を見直す方針です。

防衛装備品というのは、自衛隊が実践配備を行っている装備のことで、専守防衛に使用されている、もちろん殺傷能力がある武器の事です。

わが国はなぜこれまで、自衛隊の持つ装備品を用途で輸出制限(救難・輸送・警戒・監視・掃海)する法律を順守してきたのかということを考えていかなければなりません。

わが国は専守防衛のために、殺傷能力がある武器を自衛隊が使用することを容認してきました。

しかし、殺傷能力のある武器をつくり、外国へ売るということが、果たして今の憲法9条に照らし合わせて許されるのかどうかは、徹底した論議をつくすべきです。

その後、憲法改正の議論につなげていくべきではないでしょうか。

殺傷能力のある武器を海外に輸出することについては、政治に慎重な対応が求められるのです。

前身の「武器輸出三原則」は戦後、佐藤栄作内閣時代、戦争に加担しないという強い決意を表すためにつくられました。

ほぼ全ての装備品の輸出を禁じた三木武夫内閣時代、宮沢喜一外務大臣は「我が国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれていない」という名答弁を残しています。

この姿勢こそが、日本の国際的な信頼を築いてきた礎なのです。

中東との関係が良好だった背景の一つに、この武器輸出三原則があったことは間違いありません。

「武器輸出三原則」は安倍晋三内閣時代、「武器輸出の原則禁止」から「条件付きで輸出可能」へ大きく転換しましたが、「救難」「輸送」「警戒」「監視」「掃海」の5類型を守り、人を殺傷しない装備や部品、外国との共同開発に限られていました。

高市内閣は「殺傷能力のある完成品の武器輸出」に大きく舵を切り、最終的には戦闘機やミサイル、銃器や弾薬も輸出できることになるでしょう。

「防衛装備移転協定」を結んでいる17カ国に限られるとのことですが、装備品の開発能力を高めれば、世界中の国々が日本から様々な装備品を調達することになり、日本が装備品マーケットの中核になることでしょう。

しかも、「戦闘が行われている紛争当事国への武器移転は原則として認めないが、わが国の安全保障上の必要性を考慮し、特段の事情がある場合のみ、移転を認めることが可能」という、時の政権が恣意的に解釈することができるように法律を曖昧にしておくこの戦略は、将来の日本にとって危険な環境をつくることになりかりません。

日本でつくられた装備品が、世界の戦争に使用される未来を、私は望みません。

高市内閣の「先制攻撃を認め」「敵地攻撃を認め」「殺傷能力のある武器の輸出を認め」「GDP 2%まで防衛費を増額し」「憲法改正を行う」という政治行動は、“安倍総理ができなかった事を私がやりにいくのだ”という一点で突き動かされているのではないかと思います。

「誰もやらなかった安全保障に関わる政策をやり抜く」高市総理は総理としてのレガシーをつくりたいのでしょう。

先の衆議院選挙で自民党が圧勝したことが、この高市総理の強気の背景にあると思います。

しかし、宮沢喜一大臣の「我が国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれていない」の真意を汲むべきです。

「国を守るためには、何をやってもいい」ということにはならない。

歴史の教訓を大事にしなければなりません。

株式会社 沖縄ファースト政策研究所
所長    下地 幹郎