<第44号>出馬決意の真意

皆さん、今日は緊急のメルマガで、私、下地幹郎が、今回立候補を決意した理由について説明します。

私が、3度目の知事選挙へのチャレンジを最終的に決めたのは、

「玉城デニー県政の、政府とまともに交渉できない現状」、

「沖縄振興予算を切って、子どもを守らない政府の対応」、

「保守・革新がお互いに相手を攻撃するだけの不毛な政治」、

これらを放置することができないと判断したからです。

私は「政治家を辞める」と、2年前に宣言しました。

これまで多くのマスコミの皆さんからの「知事選挙に出るのですか」という質問に対しても、「出馬しない」と言い続けてきました。

マスコミの皆様には、本当に失礼があったことをお許しいただきたいと思います。

しかし、「政治家を辞める」という発言の後も、玉城県政の運営にはずっと疑問を持ち続けておりました。

また、沖縄振興予算を削減し続ける自民党にも、なぜそんなことをするのだろうという思いを持っていました。

「政治家を辞める」と発言したあの時でさえ、私の頭の中には「沖縄の危機には再び立ち上がる。そのために力を蓄えねばならない」という強い思いがありました。

引退宣言をしたあの日から、私の新たな戦いが、始まりました。

この2年間、沖縄を変えるためのあらゆる具体的な行動を起こし、全身全霊で取り組んでまいりました。

1.沖縄ファースト政策研究所を作り、沖縄のことについて様々な分析を行いました。

2.沖縄電力の電気料金を下げるために株主総会で提言しました。

3.鉄道を10年以内に完成させるプランをまとめてシンポジウムを開き、玉城知事にも提案しました。

4.人口減少に苦しむ伊是名・伊平屋に、ロープウェーをつくり、観光産業を充実させることも提案しました。

5.そして、久米島町の過疎化を解決するため、新たな交通手段が必要だと、ジェットフォイルを就航させました。

すべて、沖縄を変えるための、私なりの戦いです。

2年前、政治から一度身を引くことで、あらゆる雑音がすべて断ち切られ、様々な声を聞くことができました。

私があのとき「なぜ政治家を辞める」と言ったのか、そしてなぜこのタイミングで立候補するのかについて、これから皆さんにお話しさせていただきます。

私は、知事選挙に2度チャレンジし、様々な教訓を得ることになりました。

特に権力との戦いにおいては、緻密な戦略がなければならないということを思い知ることになりました。

権力者である、県政与党の「オール沖縄」。

権力者である、国政与党の「自民党」。

そしてそれらと一体となった、「官僚」「役人」との戦い。

この強大な権力からの圧力を、いかに軽減しながら選挙を戦うかということが、知事選挙に勝利するための絶対条件であると考えたからです。

私には、どんな時も支えてくださる、支持者の皆様がいます。

県や国と取引関係のある支持者にとって、政治的な圧力は、会社の存続に関わる問題にもなり得ます。

「入札を外される」、「指名されない」、「補助金を切られる」、「許認可を得られない」、「厳しい行政指導を受ける」、これまで私は、権力がなりふり構わず行う様々な圧力を見てきました。

そのため、私の支持者が、下地幹郎を支援することで不利益や圧力を受けることのないよう、慎重に行動しなければなりませんでした。

私の「危機には再び立ち上がる」というこの決意は、支持者の皆様にも一切話すことなく、静かに、その時を待ち続けました。

私は、「沖縄の貧困を解決する」「沖縄の尊厳を取り戻す」「沖縄の子どもを守る」ということを、政治家として一秒たりとも忘れたことはありません。

国会議員として、30年間、沖縄県を見てきました。

さまざまな沖縄政策も実現してきましたが、苦しい沖縄を変えることはできませんでした。

国会議員の立場に限界を感じた私は、2024年の衆議院議員選挙に落選し、一度身を引くことを決断しました。

そうした中で私が気付いたのは、沖縄を根本的に変える力を持っているのは、沖縄県知事しかいないということでした。

沖縄を変えるには、沖縄のリーダーが変わるしかない。

沖縄のリーダーが変わらないのであれば、私がリーダーになって、変えるしかない。

自ら行動し、沖縄を良くしなければならないという気持ちは、引退宣言をしてからも、1ミリも揺らいだことはありませんでした。

1.沖縄の尊厳が失われて、若者が沖縄をあきらめてしまっている。

2.辺野古の裁判が行き詰まり、辺野古が完成しても米軍は普天間を返還しない。

3.子どもの貧困は解決せず、生活実感は悪化している。

4.保守・革新が相変わらず、不毛な争いを繰り広げている。

5.大手と中小零細との格差が開き、ザル経済は一向に改善しない。

こうした危機的状況の中で、立候補を表明している玉城デニー知事、古謝玄太さんの両方とも、危機を解決できるだけの力強い政策を持ち合わせていない。

今こそ私が立ち上がらねばならない、そのときが来たと判断しました。

そして、投票日まで残り2か月という今日が、最も有効で効果的なタイミングだと判断し、出馬表明をすることにいたしました。

「うそつき」と、言われるかもしれません。

厳しい言葉で非難されることもあるでしょう。

「政治家を辞める」と宣言した私が再び立候補するということは、多くのご批判をいただくことを覚悟で決断しました。

しかし、無所属で、大政党と戦う「小さな小さなチーム」が勝利するには、緻密な戦略をもって、奇策ともいわれるようなことをしなければ、踏みつぶされてしまうのです。

だからこそ、この苦渋の選択しか、道はなかったのです。

全てを真正面から受け止めて、私はこの知事選挙を戦う覚悟です。

この会見を通して、沖縄県民の皆さんに私の考えが理解されることを、願っています。

復帰から54年。

沖縄は、子どもを守れたでしょうか。

日本一低い所得水準の中で、子どもたちは「貧困」「児童虐待」「低い進学率」に直面しています。

そして米軍基地に関わる事件・事故で、多くの子どもも犠牲となってきました。

基地が集中し、本土並みの暮らしがいまだに実現しない中で、子どもたちが苦悩している現実が、そこにあります。

この現実を前にして、私たちは問い直さなければなりません。

誰がこんな沖縄にしたのか、と。

「豊かな暮らしを実現するなら、“国との強いパイプ”が必要だ」と、「保守」は言い続けてきました。

多くの県民が保守の政治に望みを託したこともありました。

しかし、結果はどうだったでしょうか。

「一人当たり県民所得は全国最下位」「子どもの3人に一人が貧困状態」「経済においては大手と中小零細企業との格差が開く」、これが結果です。

県民の皆さん、 保守政治は、皆さんの暮らしを豊かにできたのでしょうか。

できませんでした。

基地のない平和な島を取り戻したいと、私たちは夢見て「革新・オール沖縄」に票を投じたこともありました。

しかし、基地は増え続け、最も危険だといわれる普天間基地ですら返還することができない現実が、そこにあります。

革新の人々が叫ぶ“基地の整理縮小・基地撤去”は結果をもたらしたでしょうか。

県民の皆さん、基地は減ったのでしょうか。

減っていません。

保守が言う「国との強いパイプで暮らしを良くする」、革新が言う「反対運動で基地を削減する」、この保革の県民への約束は守られず、分断が生まれました。

そして、同じ沖縄県民でありながら、互いをののしりあう、嫌気がさすような政治が行われています。

「沖縄の保守」「沖縄の革新」は、政策のど真ん中に沖縄を置くことなく、互いに誹謗中傷する政治しか、ありません。

いま、この時間に、沖縄県議会では、知事への問責決議案が出ます。

可決されるでしょう。

ワシントン事務所の問題は、行政的な手段や方法ではなく、玉城知事がワシントン事務所を活用して、基地の整理縮小を公費を使って実現できなかった事実が問われなければならないのです。

しかし今、論議は基地問題ではなく、知事選挙へ向けて知事へのダメージを如何に与えるかという方向に向かっています。

また、保守・革新の不毛な対立しか残らない県議会になることでしょう。

もう、不毛な論争を続ける「保守・革新の政治」を、終わらせましょう。

沖縄県民の皆さん、今こそ、ゲームチェンジです。

沖縄政策がど真ん中にくる、夢のある政治に変えていきましょう。

それが「第3極」の「子どもファースト」の政治なのです。

玉城デニー知事は8年前、沖縄県民に「誰一人取り残さない」と約束しました。

しかし、2025年の「こども調査」では、「生活が苦しい」と答えた家庭が、10年前より増えています。

玉城デニー知事は、「普天間基地の辺野古移設を止める」ことを、最大の公約に掲げました。

しかし、辺野古移設は、すべての裁判で負けて、止められませんでした。

実は、「裁判闘争」ではなく、「条例」を選択すれば、辺野古の工事は中止せざるを得ない状況に、国を追い込むことができたはずです。

「砂の採取についての条例」

「サンゴ礁についての条例」

「トラックの排気ガス規制条例」

条例をつくれば、辺野古の工事は止まったのです。

玉城デニー知事は、本当に辺野古を止めようとしていたのか、今でも疑問です。

2つの公約を守れなかった政治家の責任は重いのではないでしょうか。

国に反対するだけの政治では、沖縄県の未来は創れません。

しかし、国に従属的な政治もまた、沖縄県民の尊厳を傷つけ、沖縄県を奴隷化させてしまう。

「国土面積0・6%の沖縄に在日米軍施設の7割が集中する、異常な基地負担」

「年間100件を超す、米軍人による事件・事故」

日米同盟が沖縄県民を苦しめていると知りながら、政府は何もしてきませんでした。

事件・事故で被害を受けた沖縄県民の一人ひとりには、一度しかない人生があります。

その人生が、日本の安全保障のためという理由で踏みにじられていいはずがありません。

また、政府は、この10年間で、沖縄振興予算を「1千億円」近くも減額しました。

1千億円。

小中学校の給食費を無料にして、学生のバス・モノレールをタダにし、全ての大学生の授業料を全額免除しても、まだおつりが来る、莫大(ばくだい)な金額です。

沖縄振興予算を減額すれば、沖縄県民の暮らしはこれまで以上に厳しくなるとわかっていながら、予算を切る。

なぜ、こんなひどい事ができるのでしょうか?

私は理解に苦しみます。

沖縄県知事に就任すれば、県と国との立場の違いの中で、想像を絶するような激しい協議をしなければならない、その時が来ます。

このことは、これまでの歴代の沖縄県知事の回想録を読めば、心に突き刺さるほどわかります。

それが沖縄県知事なのです。

古謝玄太さんがその役割を担うには、キャリアがあまりにも足りないのではないでしょうか。

「玉城デニー知事」がだめだから「古謝玄太さん」を選びますという選択はやめてください。

「保守」が嫌いだから「革新」を選びますという選択もやめましょう。

私・下地幹郎が、沖縄県民の皆さんに、第3極の選択肢を提案いたします。

第3極は、「沖縄ファースト」の政治をします。

「子どもファースト」政策を進め、沖縄の企業が選ばれて、沖縄県民一人ひとりの負担を軽減する政治です。

今回の知事選挙で第3極が選択されたら、皆さんの暮らしは大きく変わるでしょう。

新しい政治は、皆さんの暮らしを楽しくします。

琉球アン・マルシュ 前へ進め。

私たち、下地ミキオチームは、今度の選挙での合言葉を「琉球アン・マルシュ 前へ進め」にしました。

「アン・マルシュ」とはフランス語で、「前へ」という意味です。

フランスの大統領選挙で、保守・革新からの脱却を目指した、マクロン大統領が使った言葉です。

マクロン大統領は演説で、こう言いました。

「私にとって重要なのは、右か左かを選ぶことではない。フランス国民を結集して、前に進めることだ」と。

まさにこの言葉が、いまの沖縄に必要です。

琉球アン・マルシュ 前へ進め。

右でも左でもなく、前へ。

私はこの選挙で、この「琉球アン・マルシュ 前へ進め」の言葉通り、沖縄を前に進めていく覚悟です。

沖縄を「前に」進めるためには、「保守」からも「革新」からも支援を受けない、本物の「沖縄の政治家」が知事になる以外に、道はありません。

沖縄を「全て」まとめて、強大な圧力を跳ね返し、権力に対峙できる、力強い沖縄の政治を作るのです。

沖縄を前に進めるために、「県民の声に耳を傾けなければならない」「国との協議に強くなければいけない」。

皆さん、琉球アン・マルシュのゴールは、沖縄の政治をまとめ、対立を終わらせ、「共に歩む」沖縄をつくることなのです。

琉球アン・マルシュ 前へ進め。

この言葉こそが、より良い沖縄へと導く、キーワードとなるでしょう。

下地幹郎が知事になったら、平和行政を徹底的に追求します。

沖縄は、平和の島でなければなりません。

しかし世界は今、平和が破壊され、多くの人々が戦争のために亡くなっている悲惨な状況が、そこにあります。

沖縄から平和を発信し、この戦争を、変えていくという強い思いを、私たちは持たなければなりません。

私は毎朝、「世界が平和でありますように」「みんなが健康でありますように」と祈りを捧げています。

私が沖縄県知事になったら、今まで以上に、世界の平和に向けて、平和の発信地・沖縄の役割を果たしてまいります。

次に子ども政策です。

「子どもを救え!子どもを守れ!」

「すべての子どもに、同じチャンスを」。

子ども政策は、沖縄の未来を変えていくと信じ、実行してまいります。

「教育の無償化」は、絶対に実現しなければなりません。

沖縄の子どもの大学進学率は全国最下位の46%。

トップの東京都の74%に比べると、その差は歴然です。

いま沖縄がやらなければいけないことは、子どもの生活環境を改善し、教育を受けられるチャンスをつくることです。

まずは「子ども」です。

下地幹郎の政策は、子どもから始まり、子どもの環境を変えることで、お父さん、お母さんの負担を減らし、経済の成長につなげていきます。

「経済がよくなれば貧困がなくなる」という理論は崩壊しました。

富裕層が豊かになれば、一般層にも恩恵が行き渡るという「トリクルダウン」は、復帰後の沖縄では成立せず、逆に格差は開く一方でした。

最大の経済政策は、困っている子どもたちを救うことです。

鉄軌道の実現は夢の政策ではなく、絶対にやらなければならないプロジェクトであります。

朝夕の渋滞時の速度は、東京が時速30キロにもかかわらず、沖縄は10キロ。

経済損失は計り知れないものがあります。

またこれから観光が成長していかなければならない中において、1200万人の観光客が来た時にレンタカーが6万台を超えれば、時速5キロになるともいわれています。

結果的に観光産業の成長を妨げることになり、沖縄のリーディング産業が頭打ちになるということです。

それを全面的に解決するのは定時運行で大量輸送ができる、環境にやさしい鉄軌道しかありません。

この鉄軌道の政策を実現することで、沖縄は大きく成長することになるでしょう。

私はこの鉄軌道を10年以内で完成させる。

そのことを沖縄県民の皆さんに約束します。

後日、政策発表で改めて、詳しい内容をお伝えします。

皆さん、下地幹郎は、復帰後最大の、沖縄の、大バカ者で、変わり者の政治家です。

かつて、「日本列島改造論」を唱えた田中角栄総理大臣がいました。

私・下地幹郎も、沖縄ファースト改造論を掲げ、沖縄の改革のリーダーになります。

いまの沖縄の政治に必要なのは、国と熾烈な協議ができる、大バカ者で、変わり者の政治家です。

下地幹郎は、誤解されやすい政治家です。

よく言われることが、政党を渡り歩いたという批判です。

違うんです。

私は、自民党、国民新党、日本維新の会、この3つの政党を利用して、沖縄政策を実現して、沖縄県民に貢献してきたのです。

政党を渡り歩いたのではなく、私は沖縄のために、政党を「利用してきた」というのが事実です。

そのことから、東京の政治家は、私のことを「したたかな政治家」と言います。

裏を返せば、私が知事になって、永田町に乗り込んでいくことを、彼らは最も恐れています。

沖縄県民の皆さん、下地幹郎は、玉城デニー知事のように愛嬌がある人間ではありません。

沖縄県民の皆さん、下地幹郎は、古謝玄太さんのように、新鮮なイメージもありません。

しかしいま、沖縄の厳しい環境を変えるには、泥臭く、激しく永田町に突っ込んでいく猛獣のような政治家が必要です。

下地幹郎でなければ、丁々発止で政治協議を行うことはできません。

今回の選挙は、沖縄が「尊厳を取り戻す」最大のチャンスだと思っています。

子どもの未来と笑顔を守る、最大のチャンスです。

私は今後も沖縄の未来のために政策提言を続けてまいります。

このチャンスに、「沖縄ファースト」「子どもファースト」の政策を実現し、あなたの家族を守るために。

沖縄ファースト政策研究所
所長 下地幹郎