<第15号>国会の時間を制する者が、政治を制する
自民党の「国対委員長」という役職ほど、その実態が分かりにくいポストもありません。
その役割は、「どの法律をどういう順番で成立させるか」について、毎日、寝ても覚めても考え続けることです。
内向き(政府・与党)になったり、外向き(野党)になったり、高度に政治のスケジュールをつくりあげるのが仕事です。
言い換えれば、「考えていることを相手の党に覚られたら、その価値がない役職」なのです。
政治の歴史を振り返っても、自民党国対委員長が、次々と期待通りに改革法案を成立させた例はほとんどありません。
小泉政権時代でさえ、威勢のいい言葉の裏では「時期尚早」「党内議論が必要」「国民的理解が不可欠」といった便利なフレーズが多用され、結論は常に先送りされたのです。
国対委員長は、改革の先頭に立つ存在ではなく、改革を“いかに安全に、遅らせるか”を考える役職なのです。
今の自民党の梶山弘志国対委員長も、その伝統を忠実に受け継いでいると言ってよいでしょう。
最優先事項として、「物価高対策のための補正予算を通す」ことは間違いありません。
国民生活に直結し、しかも与野党の対立点が比較的少ないこともあり、ここまでは全力投球で頑張ることでしょう。
しかしそれ以外の「議員定数削減法案」「企業団体献金の規制法案」がどうなるかと言えば、梶山国対委員長の頭の中では、これら二つの法案はすでに「やらない箱」に丁寧に収納されているのではないでしょうか。
補正予算を通した時点で国会日程は逼迫し、「時間が足りない」という理由が自然に立ち上がる。
これは偶然ではなく、計算なのです。
「議員定数削減」に手を付ければ、公明党との関係は決定的に悪化し、選挙区調整、比例代表、支持母体との関係、どれを取っても地雷原だからです。
議員定数削減に本気で取り組むということは、「公明党との関係修復を諦めました」という政治的シグナルを明確に発信することになるだけに、自民党の国対委員長がするはずがありません。
一方で維新は、声高に「議員定数削減を臨時国会でやれ」と迫り、「そうしなければ連立は離脱だ!」と言うことが仕事です。
臨時国会で議員定数削減の法案を成立させることは、制度設計上も、政治日程上も、極めて困難なもので、つまり、維新の「言うだけ改革には付き合わない」という姿勢なのであります。
維新に本気で国の形を変える覚悟があるならば、じっくりと時間をかけて、地味でも痛みを伴う議論を積み重ねるはずですが、その気配は薄く、自民党内からは、「維新はアドバールンを上げることだけが仕事」のように見られているのです。
「企業団体献金の規制法案」については、さらに話は単純で、この法案が成立すれば、自民党は構造的に変質し、派閥は事実上消滅し、資金力を背景にした「実力者」も生まれなくなるのです。
つまり、自民党政治そのものを終わらせるような自己解体法案を、自民党の国対委員長が本気で成立させようと考えるはずがありません。
「検討する」「議論する」「しかし結論は出さない」それが最適解なのです。
今の自民党において、優秀な国対委員長は、「やりそうでやらず」「やらなさそうでやる素振りを見せ」「最終的にはやらない」人物でなければならず、そして「やらない理由」について誰も反論できないほど立派に説明できる人物でなければなりません。
「臨時国会でやるべきではない。通常国会で腰を据えて・・・」そして通常国会が始まると、「通常国会は本予算で忙しい」「100本以上の法案がある」「時間のコントロールが大変だ」といったような伝統的フレーズを巧みに操り、改革を“前に進めているように見せる”。
これこそが、自民党の国対委員長という役職の真骨頂なのです。
維新がいくら叫んでも、国会政治の現実はそんなに単純ではありません。
高市早苗自民党総裁を総理大臣にするためだけに、自民党は維新と連立を組んだのです。
思想も、哲学も、政治姿勢も、真逆の人たちと組むところが自民党なのです。
自民党は、社会党とも連立を組んで村山富市総理大臣を誕生させたことがある政党だけに、「維新なんかどうにでもなる」と考えているのでしょう。
これが自民党政治の恐ろしさであり、醍醐味なのかもしれません。
「政権に座るためだったら何でもやる」という貪欲さが自民党なのです。
ちなみに、下地幹郎は「議員定数削減」に賛成、「企業団体献金の規制」にも賛成です。
自民党を知り尽くした下地幹郎が維新の国対委員長だったら、この2つの法案と補正予算は同じ日に可決することはできたと思います。
国対委員長は、海千山千でなければ務められません。
それが、政治のスケジュールを決める自民党国対委員長のミッションなのです。
株式会社 沖縄ファースト政策研究所
所長 下地 幹郎


